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涙腺ドロップ 24

独り身で特に道楽もない喜八郎は、スナックにいない時間でも話す相手などなかったから、狭い町内に住む顔見知りの人たちも、彼の声を思い出せないぐらいだったが、もちろん言葉を忘れてしまったわけではない。

喜八郎は、ときどき雀や鳩や道端の草花には自分から声を掛けることがあった。
それはたいてい「元気そうだな」とか「いい天気だな」などの短い言葉だったが、そうやって自分から話し掛ける時の喜八郎は、珍しく表情もにこやかで嬉しそうだった。

犬の太郎が迷い込んできた時、喜八郎は洗濯物を干していたのだが、太郎の鳴き声に手を止めて「まあ待ってろ」と言ったのだ。

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by Joker-party | 2012-04-29 08:07 | Comments(0)

涙腺ドロップ 23

黙々と―――。そう、喜八郎は、極めて無口だった。
用事を言い付けられても、たいがい無口でうなづくだけだった。
しかし、それはけして反抗的な態度には見えなかったし、むしろ下心見え見えで弁舌爽やかなる客たちに比べれば誠意ある態度に見えたから、ホステスたちにとって問題なかった。

喜八郎は、仕事中はもちろんだったが、店が終わった後もほとんど誰とも口をきかなかった。

働き始めた頃には、たまに機嫌のいいホステスが一緒に飲もうと誘って、何度か付き合ったこともあったようだが、そういう場合でも、ほとんど無口だったから、次第に誘われることもなくなって、今では彼がどんな声をしていたかさえ忘れ去られていた。

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by Joker-party | 2012-04-21 09:01 | Comments(0)

涙腺ドロップ 22

その頃、アッサムが働いていた八百屋の斜め前にあった床屋の亭主が飼っていた犬が逃げ出したのだが、太郎と呼ばれていたその犬が逃走の末辿り着いた港町のスナックで働いていたのが喜八郎という男だった。

喜八郎は、職を転々としていたが、どこも長続きせず、あっちへフラフラこっちへフラフラしていたのだが、なぜかこのスナックだけは一年以上も続いていた。

彼に与えられた仕事は、ツマミの買い出しやら、仕込みやら、便所掃除やら、切れた電球の取替えやら、言ってしまえばホステスとは名ばかりのオバチャンたちがする接客以外の雑用すべてだったが、黙々と働いていれば褒められもしないかわりに辞めろとも言われなかったので、結果的に続いていたのである。

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by Joker-party | 2012-04-07 10:07 | Comments(0)

校倉元の冗談なブログ


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