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2008年 03月 13日 ( 1 )

ぶりかま

「へい、らっしゃい!」
オヤジの声に「こんばんわ~」と返してカウンターの隅に陣取り、「なんしましょ」に躊躇なく「ぶりかまっ!」と答える。
源太郎にとって、それは至福の時だった。

酒の肴は数々あるが、ぶりかまは源太郎一番の好物だった。
じっくり炭火で焼いたカマを、箸で丁寧にほじると、次から次へと出てくる身。
それは部分部分で微妙に味わいが違っていて、まるで宝石箱だ。
その宝石を味わいながら、ちびちびと酒を飲む。
そんな時間は、なにものにも変えがたかった。

ある晩、ぶりかまを突つきながら源太郎が飲んでいると、店の奥に見掛けない女の客がいた。
どうやら旅行者らしく大きな鞄が二つ傍に置いてある。
やがて女はオヤジを呼んで、ぶりかまを頼んだ。
しかしこの日は、源太郎に出したものが最後だったらしくオヤジは済まなそうに断った。
女は、この世の終わりのような顔になった。

めったに自分から話しかけることのない源太郎だったが、この日だけは違った。
女の悲痛な顔を見ると、声を掛けずにいられなかったのだ。
源太郎は、半分ぐらい残った自分のぶりかまを差し出しつつ言った。
「もし良かったらどうぞ。食べかけで悪いですけど…」
女は、幸せそうな笑顔になって、その申し出に応えた。

その女が、源太郎の女房である。
by Joker-party | 2008-03-13 07:37

冗談会議の怠慢なブログ


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